「ね、」
かいちょ。耳元でぞくぞくするような声で呼ばれては、返事だって当然うわずる。
きつねは、それをいつものように茶化したりせず、俺の髪を口で弄びながら、もう一度、ねぇ、と呟いた。
「名前で、よんでよ」
「…なっ」
続けようとした言葉は、彼の肩により塞がれた。彼が俺を思い切り抱き締めたのだ。苦しいほどのそれに、ばっくばっくと心臓がわめく。
「会長」
「…………あ、あんたもその会長ってのやめてくんつぇ」
そしたら考えなくもねぇです。苦し紛れにだした言葉に、彼は歓喜した。
「えっなに、呼んでいいなら呼ぶよ?いつでも」
「いっ、いつでもは、やんです」
ふたりきりのときだけでお願いします。そう言うと、きつねは固まって、直後真っ赤になった。うわ、かわいい。
漏れた言葉に、自分の言ったことの恥ずかしさが露になって、自分も赤くなって、どうしたらいいのかわからなくなってきた。
「呼んで、会津、じゃなくて、誉」
「…せ、先輩に呼び捨てはねえと思います」
「ほまれ、さん」
ただ一語。それだけで嬉しくなる自分がいやで、そしてそれをきつねに味あわせるのはもっと癪だった。…でも、言わないわけにも、いかないようで。
「…奈良」
「名前で」
「きつ、…やまと」
言った直後、体を離されて唇を奪われた。いくばかして唇が離れて、そして見えたきつねの顔はこれ以上ないほどゆるんでいた。口元が、すごいにたにたしてる。
「き、気色悪いでべした」
「いやだってマジで嬉しくて、単語一語でこんな嬉しくなるなんて、ほんとに、…ねぇ、もっと呼んでよ」
「二回目からは高いですよ」
「それでもいいから」
ね、と頬にキスを落とされれば、彼に弱い俺は折れざるをえない。
「大和。…やまと、やまと」
それを紡ぐたびに。大和はすごく幸せそうな顔になって、なんていうかそれが新鮮で恥ずかしくて、俺は早々にそれを言うのをやめた。そうだ、何度も、とは言われていないのだから。別にこんなに言うことなかったのだ、と恥ずかしさに頭を抱えたくなった。
「会長、じゃなくて誉さん、好き、ほんと好き」
「あ、…あっそ」
「愛してる、可愛い、大好き」
「……ばかぎつね」
俺も、あんたが思ってるより、ずっとずっとにしゃを愛してますよ、…大和。そんなようなことを言ったら、彼は喜ぶだろうか。だがしかし口からでるのは、当然のようにそんな可愛い台詞じゃないのだけれど。
でも、なんていうか、今日は気分がいいから。
頑張ってみようかな、と思った。ただ、それだけできっと他意はない。ただただ、名前で呼ばれたのが、この上なくうれしかったと、それだけで。だから。
「…俺も、あんたが思っているよりずっと、」
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名前で呼んで、あいしてる!
らぶらぶやまほま