起きたら、なんかいた。
「ハロータロちゃん」
…タチの悪い悪夢のようだ。とりあえず見なかったことにして顔をうつ伏せにしてみると、いやいや、とそいつは肩を引っ張った。
「起きたら殺し屋がいました状態なのに平然と寝るなよ」
「…………」
「ああ、それともあれか、俺がきたことでうれしくてにやついてしまう顔を枕で隠そうと」
「よくみろどこがにやついてる」
「おぉやっとこっち向いた」
くそ、はめられた。
それににやついてるのはお前の方じゃないか、と言いかけて、耳に何かがふれた感触にびくりと体をはねさせた。
「うは、探偵さんはお耳弱い?」
「いっいきなり触ったら誰でもびびるだろ!」
「ふーん」
不健康に細い指で耳いじりを続行する木曽川。離せ、そういうのは女の子にやってもらいたい。というか女の子にやりたい。
しかし木曽川の言うとおり僕は耳を触られるのが好きじゃない。前にトウキにいたずらでふっと息をかけられて、うひゃあ、と声をだしてしまったのが、トラウマでもあり鼻血ものである。
かといって弱いと言ったら笑われるに違いない。やめろと言っても聞く男じゃないので、実力行使。
ちょうど覆いかぶさるように木曽川はいるわけだから、当然急所は足を蹴りあげればすぐだ。というわけで、はい、せーの、
「いッ……!」
「はははざまぁねぇな!」
「てってめ…男のくせに、急所の痛みわかんだろ!」
「お前が僕の急所を撫で回してたのが、」
あ。
「ぶははお前やっぱ耳よえーのか!」
「う、うるさい、トウキが起きる!」
「そりゃ悪い」
急に静かになった木曽川は体を起こして布団の端に腰かける。つられて僕も体を起こし、暗い部屋の中で木曽川の横顔を眺めた。しかし相変わらずきれいな顔立ちしてるな。こんなのと女の子が遊んでたらお母さんは確実にほほえましいわねぇで済ませてしまうのだろう。腹立たしい。
それにしても。まだ日が昇ってないんだなぁと月の光に照らされる木曽川を見て思った。木曽川は視線に気づいたのか、なに、と首をかしげてきた。
「べつに」
「見とれてた?」
「んなわけあるか」
まぁ半分くらい当たってるが。癪なので口にはださず、木曽川から目をそらした。
「ていうかなんで急に静かになってんだよお前」
「これからは大人の時間だからな、子供が入ってきたらだめだなぁと思って」
「なにが大人の時間だよ。言っとくけど酒はないぞ」
そう返すと木曽川はぶっと噴き出した。笑われるようなこと言ったかなと言った言葉を思いだしていると、木曽川は笑いの余韻を残しながら、こっちを見た。そしてその顔でタロちゃんは色気がないねぇと言った。失敬な。
「大人の時間ってのは、」
ふと、僕の手に、木曽川の手がのっかった。木曽川の手は異常に冷たくて何事かとそちらに目をやると、急に視界がふせた。
……、え?
鼻先に髪が触れる。それが僕のじゃないことは明白で、そして唇には味わったことのない柔らかい感触。
つまり、キスされ、てる?木曽川、木曽川に!?
突き飛ばそうとしたが左手は木曽川の手の中、右手はつきだしたものの綺麗に木曽川の左手と重なった。そしてキスはエスカレートして舌が入ってくる、う、う、うわ、き、きもちわる!
パニックになった僕は半ばヤケになりつつ木曽川の舌を噛んだ。じわりと鉄の味が広がってすぐに木曽川は舌をひっこめた。
「いってーのタロちゃん」
舌をだして手であおぎながらそう言う木曽川。誰のせいだ誰の。僕はというと一心不乱に唇を拭い続けていた。
「なーにちゅーくらいで真っ赤になってんの探偵くん。あ、涙でてる」
「うっさい、僕は初めてだったんだ、なのに気持ち悪い…ッ」
「ぶはっまじかよ!その年齢で!」
「僕の求める年齢じゃ手を繋ぐのだってギリギリだ!」
くそうと呟いてまた口元を拭う。ああもうあの感触が消えてくれない。キスってのはこんなに気持ち悪いものなのか?
木曽川はそんな僕を見てなにを思ったか、ふいに携帯をいじりだした。直後、ヴーヴーと僕の携帯が鳴る。
「泣かせる気は……まぁあったけどタロちゃんのファーストキスもらっちったし今日はもういいや またくるね、タローちゃん」
とかなんとかいう木曽川の声は耳に入らなかった。開いた携帯に入っていたのは、…さっきの光景の写メ。暗いのでよく見えないけど、確実に泣いてキスされてる僕と、楽しそうなカメラ目線の木曽川だった。
「にっ二度とくるなああああああ!」
どうやって撮ったんだ、いやというかなにがしたいんだお前は!
言いたいことは山ほどあったがそれだけ叫ぶと枕も投げた。しかしいつのまにか木曽川の姿はなく、僕はやり場のない怒りを放置したまま布団に倒れこんだ。
先程拭いまくった唇にもう一度触れる。木曽川の感触はまだそこに残っていて、血の味もかすかに残っていた。そのことに心臓が運動を加速させる。
写メを即座に消してしまったことを少しだけ後悔している自分が許せなかった。
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木曽川→(←)ルイージ
木曽川はいけるとこまでいくつもりでしたがあまりの拒絶さにがっくり。
帰っちゃうわけですが自分が帰ったあとのルイージの態度にちょっと嬉しがってたりする。ルイージ家の見えないとこで。