短編集2

 

  他殺願望サイクル

「あらお父さん、帰っていたの」

虫を見るように言い放つ妻は、晩御飯ご自由にどうぞとだけ言って、そのままテレビに視線を戻した。私はネクタイを外して上着も脱ぎ、冷蔵庫を漁る。がらりと寂しい冷蔵庫からいつもの梅干しをとりだす。ああ、今日は煮物が残っている。梅干しと煮物をだして、ご飯をよそい、温めて、食べる。

「いただきます」

これが私の日常だった。日常。美人も三日で飽きる、つまり刺激の強いものでもすぐ飽きてしまうものだと世間は言うけれど、私はこの日常に未だに慣れることができなかった。
妻は育児家事を放棄し娘は非行に走り息子は学校にも行かず家にひきこもり。正に家庭崩壊の一歩手前だった。

どうして、こんなことにまでなってしまったのだろう。ご飯を咀嚼しながら、考える。

事の発端は、息子が学校でいじめにあったことだった。気の弱い息子は学校に行かなくなり、家では妻に辛く当たる。
心配もストレスも日に日に増していく妻は、精神科に通いだした。妻は元々鬱だとか、ノイローゼだとか、そのようなことに興味をもっていて、ことあるごとに鬱だのノイローゼだのなんだのと口走るのが好きだった。
そして私の仕事も、妻の医療費だなんだで残業を増やしていくうちにどんどん増えていき、家族の食卓に加わることすらなくなってきた。
さらにそれらのせいでグレてしまうのが娘である。娘は、いじめでひきこもる弟、暗い母親、帰ってこない父親というギスギスした家庭環境から逃げるように、夜な夜な外を出歩くようになった。それからというもの更に娘の遊ぶ金や妻の医療費がかさみ、息子にも娘にもかまってやれない日々が続く。

きっと今日もまだ、娘は帰ってきていないのだろう。もう11時を回っている。いつの間にか妻もいなくなっていて、テレビの音だけが寂しく響いていた。

しかしどこか遠くから、耳を叩くような爆音が近づいてきた。若者が好みそうなそれは、確実にこちらに近づいてきている。これは、バイクか何かから流れているのだろうか。などと考えているうちにバイクは私の家を通過し、爆音は遠ざかっていった。

ふと。

このような状況になったとき、バイクの集団が私の家につっこんできたり、家に放火したりしてくれないだろうかと、思う。

馬鹿馬鹿しいのはわかっているが、考えずにはいられない。

父、母、姉、弟。こんな何の変哲もない普通の家族構成なのにもかかわらず、どうしてこんなに歪んでしまったのか。楽しい家族のある日常を謳歌できないのか。
家族というのは、家族というのはもっと温かいご飯や雰囲気に囲まれていてケンカはあるがそれはすぐに解決するか忘れてしまい姉弟仲は羨ましがられるほどよくそれでいて妻と夫はいつまでも愛しあっていてとまでは言わないがお互いを尊重しあっているもので子供と親の関係はなんでも話せるが親の威厳は残されていてそれでいて子供は尊重されている、そんなものでなくてはいけないのに!それ以外の家族というものはただの人の集まりだというのに!人の群れの馴れ合いだというのがなぜ私の家族には理解できないのだろうか!

だから、いっそ。

「ねぇ何してるの」

ああ、息子か。汚い身体を洗いに下りてきたのか、ただ水を飲みにきただけなのか。そんなことはどうでもいいけれど。
それを握って立ち上がると、息子は一瞬目を細めたあと呆れた顔をした。

「包丁なんか持って、なに、かっこつけてんの?気色悪いからやめろよ、中年が中二気取ってんなよ。バカじゃねぇの?目障りだからさっさとどけよ」

私を思いきりけりつけたあと牛乳をらっぱ飲みし、そのままUターンをする。そしてなにごともなかったかのように階段を上がっていく息子。包丁を持ったまま私は呆けていた。

息子はきっと死ぬのが怖くないのだ。私が人を殺すはずがないと思っているだけかもしれないけど、でも、娘も、妻もきっと死ぬことは怖くはないと言うだろう。むしろ死にたいと言うかもしれない。この世に死にたいと思わない人がどれほどいるのかはしらないが、少なくとも私の家族はみなそうではない。今すぐにでもこの腐った家庭をどうにかしたいにちがいないのだ。

でもだめだ。握った包丁はすぐに流しにおかれた。私には息子を殺すのも娘を殺すのも妻を殺すのも不可能だった。私にはできなかった。私には彼らを殺して死ぬことも、彼らを殺したせいで私が罪を背負うのも嫌だった。

誰か、私を殺してくれないか。

そんな思いだけが、家庭の中をうずまく。包丁が勝手に動いてくれやしないだろうか。だが包丁は水をうけてゆらりとゆらめくだけだった

 
 
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他殺を願う家族の話。家族内ヤンデレを目指したのにどうしてこうなった。
 
 
 
 
 
 
  日食


いつからそうなのか、私はしらない。わからない。けれど私は、気がついたら鏡であった。

私は弟の光をうけなければ光輝けない。弟。自分より下のものを利用しなければ、私は他に認識されることもないのだ。

では死にたいときは弟を殺してしまえば君もすぐに死んでしまえるね。暗い目の叔父はそういったが、生まれたばかりの私にとって、死ぬということよりどう生きるかの方が大事だった。

自立し、それぞれの得意をもっている姉たちは言う。それがあなたの個性なの。それならばそんな個性などいらない。私は自分で輝きたいのに。

いっそ鏡を内側から割ってしまいたくなる。けれどそれは私の死だ。死にたくはない。未知の世界だ。もっと嫌なことが待っているかもしれない。

けれど私にとって死というものは大きく、重要な意味をもった。何故ならば、私の肉親はだれひとりとして死んだことがないからだ。

死んだら。私は弟からの光をうけずに周りから注目されるだろうか。そう思うと、死んでみたくなった。

そして叔父の言葉を思い出す。弟を殺せばいいね。そう、そうなのだ、光がなければ誰も私に気がつかずに、誰にも相手にもされずに、存在を消される。それはすなわち死ぬということだ。

そう思って、弓を射る。弟ほどではないが、私は弓が上手だった。この距離ならあたる、あたる、そうだ、私のために死んでくれ弟よ。

びん、と弓が弾けて、矢は一瞬にして弟に突き刺さった。直後、世界が暗くなる。私の世界は終わったのだ。


…え?


あ、あ、あ…、ああ!そうだ!これでは私は死んでも意味がないじゃないか!弟がいなければ私は死ぬことすらわかってもらえない!死んだということすらわかってもらえない!それに肉親の中で初めて死んだのは弟になってしまう!なんてことだ!なんてことだ!

私は死んでも輝けないのか。弟に勝てない私は、暗い目の叔父と同じだった。
 
 
 
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創作オリンポス。主人公はアルテミスで弟がアポロン、叔父がハーデスなイメージですが設定なしでもいけるようにはしてみました。
一日仕上げなのでこのざま でも思い入れだけはいつもと変わらず かといって後悔がないわけじゃないです。もっと丁寧に書いてあげたかったです。